PWA(Progressive Web Apps)という言葉を耳にしたことがあるものの、「結局、流行っていないのではないか?」と感じているWeb開発者や企業の担当者は少なくないでしょう。
ネイティブアプリとWebサイトの「いいとこどり」と評され、一時期は大きな注目を集めたPWA。しかし、その期待に反して爆発的な普及には至っていません。
なぜPWAはこれほどまでに優れた概念であるにもかかわらず、その真価が十分に発揮されず、「流行らない」という認識が広まってしまったのでしょうか。もしかしたら、その認識自体が最新の状況を捉えきれていない「誤解」かもしれません。
特に、これまでPWAの普及を阻む大きな要因とされてきたiOS(Apple製品)におけるPWAのサポートが、近年大きく強化されたことはご存じでしょうか?
たとえば、2024年3月にリリースされたiOS 17.4では、ついにWeb Push通知が正式にサポートされ、PWAの機能性とユーザーエンゲージメント向上の可能性が大きく広がりました。
これにより、PWAを取り巻く環境は大きく変化し、「流行らない」という従来のイメージも変わりつつあります。
この記事では、「PWAは流行らない」という疑問の背景にある真実を深掘りし、その普及を妨げてきた根本的な理由、そしてiOS対応強化によって変化しつつある現在の利用状況と将来性について多角的に解説します。PWAの導入を検討されている方や、その動向に関心がある方にとって、本記事が正確な判断を下すための一助となれば幸いです。

PWAは本当に「流行らない」?普及が進まない理由

PWAの登場背景と一時的なブームの歴史
PWAは、Googleが2015年に提唱した概念であり、Webサイトでありながらネイティブアプリのような体験を提供する技術の総称です。その登場背景には、モバイルデバイスの普及に伴い、ユーザーがアプリに求める高度な体験と、Webサイトが持つ手軽さやアクセシビリティのギャップを埋めたいという狙いがありました。
当時のWebサイトは、ネイティブアプリと比較して、オフラインでの利用ができない、ホーム画面に追加できない、プッシュ通知が送れないといった機能的な制約を抱えていました。一方、ネイティブアプリは開発コストが高く、App StoreやGoogle Playといったアプリストアの審査や手数料、ユーザーへのダウンロードの手間といった課題がありました。
PWAは、これらの課題を解決する「第三の選択肢」として登場しました。Service Workerによるオフライン対応、Web App Manifestによるホーム画面追加やスプラッシュスクリーン表示、Push APIによるプッシュ通知など、Web技術をベースにネイティブアプリに匹敵する機能を提供できる点が大きな魅力とされました。これにより、ユーザーはアプリストアを経由せずに、Webサイトにアクセスするだけで手軽に高品質な体験を得られると期待されたのです。
2016年から2018年頃にかけては、PWAはまさにブームの様相を呈しました。Googleをはじめとする多くの企業がPWAの導入を推進し、Twitter LiteやStarbucks、Forbesなど、多くの有名企業がPWAを導入した事例が紹介されました。これらの成功事例は、PWAがWebの未来を担う技術であるという期待感をさらに高めました。特に、開発コストを抑えつつ、ユーザーエンゲージメントの向上やコンバージョン率の改善に貢献するという触れ込みは、企業にとって魅力的なものでした。
しかし、その後の普及は、当初の期待ほどには進んでいません。なぜPWAは、これほどまでに優れた概念であるにもかかわらず、「流行らない」と言われるようになってしまったのでしょうか。次章では、その根本的な原因について深く掘り下げていきます。
PWAが期待されながらも普及しない3つの根本原因
PWAが「流行らない」と言われる背景には、いくつかの複合的な要因が存在します。ここでは、その中でも特に影響が大きいと考えられる3つの根本原因に焦点を当てて解説します。
iOSのPWAサポートの限定性とその影響
PWAが普及しない最大の原因の一つは、iOS(Apple製品)におけるPWAのサポートがAndroidに比べて限定的であることです。
PWAの主要な機能であるService WorkerやWeb App Manifestは、AndroidのChromeブラウザでは比較的早くからフルサポートされていましたが、iOSのSafariブラウザではその対応が遅れ、機能面でも制約がありました。
例えば、iOSでは以前、PWAをホーム画面に追加しても、ネイティブアプリのようにSafariのブラウザUIを完全に非表示にすることができませんでした。
また、プッシュ通知についても、iOS 16.4でWeb Pushに対応するまでは、PWAからのプッシュ通知は事実上不可能でした。

2024年2月には、欧州連合(EU)のデジタル市場法(DMA)への対応として、AppleがEU圏内で提供するiOS 17.4以降で、PWAのホーム画面からの起動機能を削除する方針を発表し、大きな波紋を呼びました。
この機能削除は、その後撤回され、iOS 17.4ではWeb Push通知の対応と同時に、ホーム画面に追加されたPWAの機能も維持されることになりましたが、このようなAppleの方針の揺れは、PWAの普及に対する不確実性を高める要因となりました。
iPhoneユーザーが多い日本では特に、iOSでのサポート不足はPWA導入の大きな足かせとなります。
PWAは、すべてのユーザーに対して一貫した高品質な体験を提供することが理想ですが、iOSユーザーに対してネイティブアプリと同等の機能を提供できない場合、企業はPWAを選択するメリットを感じにくくなります。
結果として、ネイティブアプリ開発や、通常のレスポンシブWebサイトに投資する方が合理的であると判断されるケースが増えました。
ネイティブアプリの強力なエコシステムとユーザー行動
PWAの普及を阻むもう一つの要因は、既に確立されたネイティブアプリの強固なエコシステムと、それに根ざしたユーザーの行動習慣です。
App StoreやGoogle Playといったアプリストアは、ユーザーにとってアプリを探し、ダウンロードし、管理するための「当たり前の場所」となっています。
ユーザーは、新しいサービスを利用する際、まずアプリストアで検索する傾向があります。
アプリストアには、カテゴリ分け、レビュー、ランキングといった情報が豊富にあり、信頼性の高いアプリを見つけやすいというメリットがあります。
また、一度ダウンロードしたアプリは、ホーム画面にアイコンとして表示され、常にユーザーの目に触れることで、利用頻度が高まる傾向にあります。
一方、PWAはWebサイトからホーム画面に追加する形式のため、アプリストアでの露出がありません。
これは、新規ユーザー獲得の面で大きなハンディキャップとなります。
ユーザーがPWAの存在を知り、ホーム画面に追加するまでには、Webサイトへのアクセス、PWAであることを認識し、追加のアクションを促すための導線設計が必要になります。
この手間が、既にアプリのダウンロードに慣れているユーザーにとっては心理的な障壁となることがあります。
さらに、ネイティブアプリは、デバイスのハードウェア(カメラ、GPS、生体認証など)への深いアクセスや、OSレベルでの連携が可能です。
これにより、PWAでは実現が難しい高度な機能や、より滑らかなユーザー体験を提供できる場合があります。
特にゲームや高度なグラフィック処理を必要とするアプリ、オフラインでのデータ同期が必須となる業務アプリなどでは、依然としてネイティブアプリが優位性を保っています。
開発側の理解不足と「何でもPWAにすれば良い」という誤解
PWAが期待されたほど普及しない要因として、開発者や企業側のPWAに対する理解不足や誤解も挙げられます。
PWAはあくまでWebサイトを「プログレッシブ(段階的)」に強化していく概念であり、すべてのWebサイトがPWA化すべきであるというものではありません。
初期の頃には、「PWAにすればネイティブアプリは不要になる」といった極端な解釈が広まり、無用にPWA化を推進しようとする動きも見られました。
しかし、PWAの導入にはService Workerの実装、Web App Manifestの作成、HTTPS化など、技術的な知識と適切な設計が不可欠です。
これらの要件を満たさずに中途半端なPWAを導入しても、期待される効果は得られず、かえってユーザー体験を損ねる結果になりかねません。
また、PWAのメリットが単に「アプリストア不要」「開発コスト削減」といった点ばかりに注目され、その本質である「プログレッシブエンハンスメント(漸進的機能強化)」の考え方が十分に浸透しなかったことも問題です。
ユーザーのネットワーク環境やデバイスの性能に応じて最適な体験を提供するというPWAの思想が理解されず、単に「ネイティブアプリの代替」としてのみ捉えられてしまったため、PWAの真価が発揮されにくい状況が生まれました。
結果として、PWAの導入に踏み切ったものの、期待した効果が得られずに撤退したり、そもそもPWAのメリットを享受できるWebサイトであるにもかかわらず、その可能性に気づかずに導入を見送ったりするケースが散見されました。
PWAは万能薬ではなく、その特性を理解し、適切に活用することで初めて真価を発揮する技術なのです。
これらの要因が複合的に作用し、「PWAは流行らない」という認識を生み出してしまっています。
しかし、これはPWAが無価値であることを意味するものではありません。PWAが持つ独自の強みや、特定のビジネスモデルにおける有効性は依然として健在です。
次章では、2025年現在のPWA普及率と実際の利用状況について、より具体的なデータに基づいて見ていきましょう。
2025年現在のPWA普及率と実際の利用状況
2025年現在、「PWAは流行らない」という声が聞かれる一方で、その普及率は着実に伸びており、特定の分野では積極的に活用されています。一概に「流行っていない」と断じるのは、現在の状況を正確に捉えているとは言えません。
まず、PWAの普及率を測る正確な統計データは限られていますが、Web技術の利用状況に関する調査からその傾向を推測できます。例えば、WebalmightyなどのWeb技術調査サイトのデータを見ると、PWAの基盤となるService Workerの利用率は年々増加傾向にあります。これは、Webサイトがオフライン対応や高速化といったPWAの恩恵を享受するために、Service Workerを導入するケースが増えていることを示唆しています。
実際の利用状況としては、以下のような分野でPWAが有効に活用されています。
ECサイト・リテール業界:
ユーザーのエンゲージメント向上やコンバージョン率改善を目的として、多くのECサイトがPWAを導入しています。オフラインでの商品閲覧、高速なページ表示、プッシュ通知によるセール情報配信などが、購買体験の向上に寄与しています。例えば、StarbucksやFlipkart(インドの大手EC)はPWAによってユーザーエンゲージメントを大幅に向上させたと報告しています。
ニュース・メディアサイト:
読み込み速度の高速化やオフラインでの記事閲覧が、ユーザー体験の向上に直結するため、PWAとの相性が良いとされています。ForbesやWashington PostなどがPWAを導入し、アクセス数の増加や滞在時間の延長に成功しています。
SaaS・業務アプリケーション:
特定の業務に特化したSaaS型のWebアプリケーションにおいて、PWAはデスクトップアプリのような使い勝手を提供します。ホーム画面からの即時起動、バックグラウンドでのデータ同期、オフライン対応などが、業務効率の向上に貢献します。複雑な操作や常にネットワーク接続が必要な場合はネイティブアプリが選ばれることが多いですが、比較的シンプルな業務アプリではPWAが有力な選択肢となります。
新興市場・低スペックデバイス向け:
ネットワーク環境が不安定であったり、低スペックなスマートフォンが普及している地域では、PWAの「軽量性」や「オフライン対応」が非常に大きなメリットとなります。データ通信量を節約し、高速に動作するため、ユーザーにリーチしやすいという特徴があります。Twitter Liteは、まさにこのニーズに応える形で開発されたPWAの代表例です。
一方で、PWAが「流行っていない」と感じられるのは、その特性上、ユーザーがPWAであることを意識しにくいという点も挙げられます。通常のWebサイトと変わらない見た目で、徐々に機能が強化されていくため、明示的に「これはPWAです」と認識される機会が少ないのです。また、ネイティブアプリのようにアプリストアでのダウンロード数やランキングで明確な「流行」を測ることが難しいことも、そうした認識につながっている可能性があります。
PWAは、一過性のブームとして爆発的に普及するのではなく、Web技術の進化の一環として、着実にその利用範囲を広げていると理解するのが適切です。特に、モバイルファーストがますます重要視される現代において、Webサイトのパフォーマンス向上とユーザーエンゲージメント強化のための重要な手段として、その価値は再評価されつつあります。

PWAとネイティブアプリの違いとは?選定ポイントを比較
Webサービスを立ち上げる際や既存サービスを改善する際に、「PWAとネイティブアプリのどちらを選ぶべきか」という疑問に直面することは少なくありません。両者には明確な違いがあり、それぞれの特性を理解した上で、自社の目的やターゲットユーザーに最適な選択をすることが成功の鍵となります。ここでは、PWAとネイティブアプリの主要な違いと、選定に際して考慮すべきポイントを比較します。

機能・UX・パフォーマンスの違い
PWAとネイティブアプリは、それぞれ異なる技術基盤を持つため、提供できる機能、ユーザー体験(UX)、そしてパフォーマンスに違いがあります。
機能性:
- ネイティブアプリ:
デバイスのOSやハードウェア(カメラ、GPS、NFC、生体認証、振動機能など)に深くアクセスできるため、高度で多機能なアプリケーションの開発が可能です。例えば、AR(拡張現実)機能や高度な画像処理、Bluetooth連携、複雑なオフラインデータ同期など、OSレベルでの連携を必要とする機能はネイティブアプリの得意分野です。また、バックグラウンドでの継続的な動作や、他のアプリとの連携も容易です。 - PWA:
Web標準技術(HTML, CSS, JavaScript)に基づいているため、基本的にはWebブラウザが提供するAPIの範囲内で機能が制限されます。しかし、Service Worker、Web App Manifest、Push API、Geolocation API、MediaDevices API(カメラ/マイクアクセス)、Payment Request APIなど、Web標準の進化により、ネイティブアプリに近しい機能が利用可能になってきています。オフライン対応、ホーム画面への追加、プッシュ通知、デバイスの位置情報取得、カメラアクセスなどはPWAでも実現できます。ただし、ネイティブアプリが提供するすべてのハードウェア機能やOS連携機能を利用できるわけではありません。特にiOSのSafariでは、Web Push通知など一部の機能の対応が遅れていましたが、2024年3月のiOS 17.4リリースでようやくWeb Pushが公式にサポートされるなど、徐々に機能差は縮まっています。
ユーザー体験(UX):
- ネイティブアプリ:
OSのガイドラインに沿って設計されるため、OS固有のUI/UXを提供できます。これにより、ユーザーはデバイス全体で一貫した操作感を得られ、学習コストが低いというメリットがあります。また、起動が高速で、アニメーションやトランジションが滑らかなため、高い没入感を提供しやすいです。App StoreやGoogle Playからのダウンロード・インストールは、ユーザーにとって「アプリを使う」という明確な行動を伴います。 - PWA:
Webブラウザ上で動作するため、UI/UXはWebサイトの延長線上にあります。多くの場合、レスポンシブデザインで様々なデバイスに対応しますが、ネイティブアプリのようなOS固有の見た目や操作感を提供することは難しい場合があります。しかし、ホーム画面に追加されたPWAは、ブラウザのUIを非表示にして全画面表示にすることで、ネイティブアプリのような没入感を提供できます(iOSでは一部制約がありました)。また、URLで共有できるため、アプリのインストール不要で手軽にアクセスできる点が大きなメリットです。
パフォーマンス:
- ネイティブアプリ:
デバイスに直接インストールされるため、リソース(CPU、メモリ)を最大限に活用でき、高度な計算処理やグラフィック処理を高速に行うことができます。オフライン環境でもデータの読み書きや処理がスムーズです。 - PWA:
初回アクセス時にはWebリソースをダウンロードする必要があるため、ネイティブアプリと比較して起動に時間がかかる場合があります。しかし、Service Workerによるキャッシュ機能により、2回目以降のアクセスは非常に高速になります。また、軽量な構造のため、通信環境が悪い場所や低スペックなデバイスでも比較的スムーズに動作する傾向があります。ネイティブアプリに比べて初回ダウンロードサイズが圧倒的に小さいのも特徴です。
App Store・Google Play経由配信とのメリット・デメリット
ネイティブアプリとPWAの大きな違いの一つは、その配信方法です。これが、ユーザー獲得や運用に大きな影響を与えます。
ネイティブアプリ(App Store / Google Play経由配信)
メリット:
- 高い発見性: アプリストアは、ユーザーがアプリを探す主要な場所です。カテゴリ検索、ランキング、特集などで露出機会があり、新規ユーザーにリーチしやすいです。
- 信頼性: アプリストアの審査を通過しているため、ユーザーは一定の品質と安全性を期待できます。
- マネタイズモデル: アプリ内課金や有料アプリ販売など、アプリストアが提供するマネタイズの仕組みを利用できます。
- プッシュ通知の確実性: OSレベルで管理されるため、プッシュ通知の到達率や信頼性が高いです。
デメリット:
- 厳しい審査と規約: アプリストアには厳しい審査基準があり、リリースまでに時間がかかったり、リジェクトされるリスクがあります。また、規約変更に対応する必要があります。
- 手数料: アプリ内課金や有料アプリ販売には、AppleやGoogleへの手数料(通常30%)が発生します。
- バージョン管理: 新機能の追加やバグ修正のたびに、アプリストアでのアップデートとユーザーによる手動更新が必要です。ユーザーによっては古いバージョンを使い続ける可能性があります。
- ダウンロードの障壁: ユーザーはアプリをダウンロード・インストールする手間がかかります。これが、新規ユーザー獲得の障壁となることがあります。
PWA(Webサイト経由配信)
メリット:
- 手軽なアクセス: URLを知っていれば誰でもすぐにアクセスでき、アプリストアでのダウンロード・インストールが不要です。この「障壁の低さ」が最大の強みです。
- 開発・リリースが迅速: Webサイトと同様に、開発・更新はWebサーバーにファイルをアップロードするだけなので、迅速なリリースとイテレーションが可能です。審査や承認プロセスが不要です。
- プラットフォーム独立性: どのOSやデバイスでも同じURLでアクセスでき、一度開発すれば様々な環境で動作します(一部機能差はあり)。
- SEOとの親和性: Webサイトであるため、検索エンジンからの流入が期待できます。URLベースで共有・拡散されやすいです。
- コスト削減: アプリストアへの手数料が不要です。
デメリット:
- 低い発見性: アプリストアのような露出機会がないため、ユーザーにPWAの存在を認識させるためのマーケティング戦略が必要です。
- ホーム画面追加の壁: ユーザーが手動でホーム画面に追加する必要があり、その動機付けが難しい場合があります。
- 機能制限: ネイティブアプリに比べて、デバイスのハードウェアへのアクセスやOSレベルでの連携に一部制約があります。
- プッシュ通知の確実性: iOSでは最近サポートされましたが、ネイティブアプリに比べてまだ到達率や信頼性に課題がある場合があります。
導入・開発にかかるコストとリソース
PWAとネイティブアプリでは、開発にかかるコストとリソースが大きく異なります。これは、企業の意思決定において非常に重要な要素です。
ネイティブアプリ:
- コスト:
iOSアプリとAndroidアプリの両方を開発する場合、それぞれ異なるプログラミング言語(Swift/Objective-C、Kotlin/Java)と開発環境が必要になります。そのため、通常はそれぞれのOSに対応する専門のエンジニアが必要となり、開発期間も長くなる傾向があります。クロスプラットフォーム開発フレームワーク(React Native, Flutterなど)を利用すれば、一つのコードベースで両OSに対応できますが、それでもネイティブ開発の知識は必要です。一般的に、PWAに比べて初期開発コストが高くなります。 - リソース:
開発だけでなく、アプリストアの審査対応、定期的なアップデート、OSのバージョンアップへの対応、バグ修正など、継続的な運用・保守にも多くのリソースが必要です。
PWA:
- コスト:
基本的にWebサイト開発の延長線上にあるため、HTML, CSS, JavaScriptといったWeb標準技術に精通したエンジニアがいれば開発可能です。既存のWebサイトをPWA化する際には、Service Workerの実装やManifestファイルの追加など、比較的少ない追加開発で対応できる場合があります。iOSとAndroidの両方に対応できるため、単一のコードベースで済む点もコスト削減につながります。ネイティブアプリに比べて初期開発コストを抑えられる傾向にあります。 - リソース:
Webサイトの運用・保守体制にPWAの要件(HTTPS化の維持、Service Workerの更新など)を追加する形で対応できます。アプリストアの審査対応は不要なため、リリースサイクルを短縮できます。
選定のポイント:
最終的にPWAとネイティブアプリのどちらを選ぶかは、以下の要素を総合的に考慮して判断すべきです。
目的と提供したい体験:
- 高度なデバイス連携やオフラインでの複雑な処理、最高のパフォーマンスが必須であればネイティブアプリ。
- 手軽なアクセス、高速な初期表示、オフラインでの基本的な機能、プッシュ通知、ホーム画面追加で十分であればPWA。
ターゲットユーザー:
- アプリストアからの発見性を重視する、あるいはアプリのダウンロードに抵抗がないユーザー層が中心であればネイティブアプリ。
- Webサイトからの流入が多く、アプリのインストールを避けたい、あるいは通信環境が不安定なユーザー層が多ければPWA。
開発予算とリソース:
- 潤沢な開発予算と専任のエンジニアを確保できるならネイティブアプリ。
- コストを抑えつつ、迅速にサービスを展開・改善したいならPWA。
マーケティング戦略:
- アプリストアでの露出を重視するならネイティブアプリ。
- SEOからの流入やURL共有での拡散を重視するならPWA。
多くの場合、PWAとネイティブアプリは排他的なものではなく、共存させることも可能です。例えば、主要な機能はネイティブアプリで提供しつつ、特定のキャンペーンページや情報提供コンテンツはPWAで提供するといったハイブリッド戦略も考えられます。重要なのは、それぞれの特性を理解し、ビジネスの目的に合致した最適なソリューションを選択することです。

事例から学ぶPWAのリアルな成功と失敗
PWAの導入は、ビジネスにおいて大きなメリットをもたらす可能性がある一方で、期待通りの成果が得られないケースも存在します。ここでは、実際にPWAを導入している企業やサービスの事例を挙げ、その成功と失敗の背景にある要因を探ります。これらの事例から、PWAの有効性や導入における注意点を学ぶことができます。

PWAを導入している企業・サービス一覧
PWAは特定の業界やニーズにおいて、その真価を発揮し成功を収めています。以下は、PWAを導入し、その恩恵を受けている代表的な企業やサービスの一部です。
X (旧 Twitter) Lite:新興市場や低速ネットワーク環境のユーザー向けに開発したPWAです。軽量で高速な動作が特徴。
Starbucks:スターバックスのオンライン注文システムとしてPWAを導入。
Pinterest:インターネット上の画像や動画を「ピン(Pin)」して集め、テーマごとに整理できるビジュアル探索プラットフォーム。PWAによる高速な読み込みとオフライン対応が特徴です。
Forbes:ニュースメディアのForbesがPWAを導入。
Spotify:音楽ストリーミングサービス。Web版がPWAとして機能しています。
これらの事例は、PWAが単なるWebサイトの延長ではなく、特定のビジネス課題を解決し、具体的な成果を生み出す強力なツールとなり得ることを示しています。特に、ユーザーエンゲージメントの向上、コンバージョン率の改善、データ通信量の削減、アクセス性の向上といった点でPWAは強みを発揮しています。
導入後に撤退した企業の理由と教訓
PWAの導入は必ずしも成功するとは限りません。中には、導入後に撤退したり、PWAとしての機能強化を積極的に行わなくなった企業も存在します。その背景には、PWAの特性と自社のビジネスモデルやユーザーニーズが合致しなかった、あるいは技術的な課題があったなどの理由が挙げられます。
具体的な企業名については、公式に「PWAから撤退した」と明確に発表するケースは少ないため、情報源が限られます。しかし、一般的にPWA導入後に期待通りの成果が得られなかった、あるいは積極的なPWAの更新が見られなくなった企業に見られる共通の理由と、そこから得られる教訓は以下の通りです。
iOSでのサポート不足(過去の課題):
前述の通り、特にiOSでのプッシュ通知やホーム画面追加後の体験が、Androidに比べて劣っていた時期がありました。主要なユーザー層がiPhoneユーザーである場合、PWA導入のメリットが薄れ、ネイティブアプリとの差別化が困難になりました。
ネイティブアプリとの差別化が困難:
既に強力なネイティブアプリがあり、ユーザーがそちらに慣れている場合、PWAが提供する機能や体験がネイティブアプリのそれと大きく変わらないと、ユーザーがPWAに移行する動機付けが弱くなります。「わざわざホーム画面に追加する」という行動を促すほどのメリットを提供できなかったということです。
ユーザーへのPWAの認知不足:
PWAはアプリストアに表示されないため、ユーザーがその存在を知り、ホーム画面に追加するまでの導線設計が不十分だった場合、普及が進みません。多くのユーザーは、WebサイトにアクセスしてもそれがPWAであることに気づかない、あるいはホーム画面に追加するメリットを感じないことがあります。
技術的な複雑さと運用負荷:
Service Workerのキャッシュ戦略の設計、オフライン時の挙動、プッシュ通知の実装など、PWAには通常のWebサイト開発にはない専門知識が必要です。適切な設計が行われなかったり、継続的なメンテナンスが行われなかったりすると、PWAのメリットを享受できず、かえって運用負荷が増大する可能性があります。
これらの撤退事例や課題から学ぶべきは、PWAが万能薬ではないということです。PWAは特定の課題解決に非常に有効なツールですが、その導入には明確な戦略と、技術的な理解、そして継続的な運用体制が不可欠です。自社のビジネスモデル、ターゲットユーザー、そして提供したいユーザー体験を深く分析し、PWAが最適なソリューションであるかを慎重に判断することが、成功への第一歩となります。

今からPWAを導入すべきか?判断基準と将来性
「PWAは本当に流行らないのか?」という問いに対し、ここまでの解説で、一概に「流行らない」とは言えないことがお分かりいただけたかと思います。特定の領域では着実に普及し、成果を出しています。では、2025年以降、企業はPWAの導入を検討すべきなのでしょうか?この章では、PWAの将来性やGoogleの方針、そしてPWAが特に有効な業種やターゲット層について解説し、導入判断のためのチェックリストを提供します。

2025年以降のPWAの展望とGoogleの方針
2025年以降も、PWAはWebの重要な技術の一つとして進化を続けると予想されます。その背景には、Googleの継続的なPWA推進の姿勢と、Web技術全体の方向性があります。
Googleは、Core Web VitalsというWebサイトのユーザー体験を測る指標を検索順位の要因の一つとして導入するなど、Webサイトのパフォーマンスとユーザー体験の向上を強く推奨しています。PWAは、その根本思想として「高速性」「信頼性(オフライン対応)」「エンゲージメント(プッシュ通知、ホーム画面追加)」を掲げており、これらはCore Web Vitalsが重視する要素と密接に結びついています。つまり、PWAを導入することで、自然とGoogleが評価するWebサイトの品質を高めることができるのです。
また、Googleはこれまでも、Web標準技術の強化を通じてPWAの機能拡張を主導してきました。例えば、File System Access API、Web Share API、Web Payment APIなど、ネイティブアプリに近しい機能を提供するWeb APIの標準化を進めています。これにより、将来的にはPWAで実現できることの範囲がさらに広がり、ネイティブアプリとの機能差はますます縮まっていくと予想されます。
2024年のiOS 17.4でのWeb Push通知の対応は、PWAの将来性において非常に重要なマイルストーンとなりました。これまでPWAの大きな弱点とされてきたiOSでのプッシュ通知が標準で利用可能になったことで、PWAは主要なモバイルOSにおいて、より一貫した体験を提供できるようになりました。これは、特に日本のようにiOSユーザーが多い国において、PWA導入の敷居を大きく下げることになります。
ただし、注意すべき点として、AppleがEU圏内で一時的にPWAのホーム画面からの起動機能を削除する方針を示したように、ブラウザベンダーの方針や規制によってPWAの機能が影響を受ける可能性はゼロではありません。しかし、その後の撤回に見られるように、ユーザーニーズや法的要件に応じて柔軟な対応が取られることも期待されます。
総じて、PWAは一過性のブームではなく、Webの進化の自然な流れとして、今後も重要な役割を担っていくでしょう。特に、Webのアクセシビリティとアプリのような体験の融合というPWAのコンセプトは、依然として魅力的です。
PWAが有効な業種・ターゲット層の特徴
PWAは万能ではありませんが、特定の業種やターゲット層においては非常に強力なソリューションとなります。
ECサイト・小売業界:
特徴:
ユーザーが商品を閲覧し、購入するプロセスにおいて、ページの読み込み速度やオフラインでの閲覧、プッシュ通知によるセール情報配信が購買意欲に直結します。アプリのダウンロードに抵抗があるユーザーにもアプローチできます。
有効な理由:
カート放棄率の低下、コンバージョン率の向上、再エンゲージメントの促進にPWAが貢献します。顧客体験の向上が直接売上につながりやすいです。
ニュース・メディア業界:
特徴: ユーザーは最新情報を迅速に、そして快適に閲覧したいというニーズが強いです。通信環境に左右されず、いつでも記事を読めることは大きなメリットです。
有効な理由: 記事の読み込み速度向上によるユーザー離脱率の低下、オフラインでの記事閲覧、プッシュ通知による速報配信などが、ユーザーエンゲージメントと滞在時間の向上に寄与します。
SaaS・業務アプリケーション:
特徴: 特定の業務に特化したツールで、繰り返し利用されることが多い。デスクトップアプリケーションのような使い勝手が求められる場合があります。
有効な理由: インストール不要でWebブラウザからアクセスでき、ホーム画面に追加することでデスクトップアプリのように起動できます。オフライン対応により、ネットワーク環境が不安定な場所でも作業を継続できます。特に、複雑なハードウェア連携を必要としない業務ではコストメリットも大きいです。
新興市場・通信環境が不安定な地域向けサービス:
特徴: データ通信料が高額であったり、ネットワークインフラが未発達な地域では、軽量でデータ消費量の少ないアプリケーションが求められます。
有効な理由: PWAは初回ダウンロードサイズが小さく、Service Workerによるキャッシュでデータ通信量を大幅に削減できます。オフライン対応も強みとなり、限られたリソースでも快適なユーザー体験を提供できます。
イベント・キャンペーンサイト:
特徴: 期間限定で情報を発信し、ユーザーに手軽にアクセスしてもらいたい場合。
有効な理由: 短期間の利用や、アプリストアでの審査を待つことなく迅速に公開したい場合に適しています。イベント情報や会場マップのオフライン閲覧、プッシュ通知によるリマインダーなどが活用できます。
導入判断のために押さえておくべきチェックリスト
自社のビジネスにPWAを導入すべきか否かを判断するために、以下のチェックリストを活用してください。
このチェックリストの項目で「Yes」が多いほど、PWAの導入が自社のビジネスにとって有効な選択肢である可能性が高いと言えます。PWAは、すべてのWebサイトに導入すべきものではなく、その特性を理解し、自社のニーズに合致する場合に大きな効果を発揮するものです。

よくある質問(FAQ)
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PWAはSEOに有利ですか?
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はい、PWAはSEOに有利であると言えます。PWAはWebサイトのパフォーマンス(読み込み速度、安定性など)を向上させる要素が多く含まれており、これらはGoogleの検索ランキング要因(特にCore Web Vitals)に直接影響します。Service Workerによるキャッシュで高速化され、HTTPS化も必須要件であるため、Googleが推奨するWebサイトの品質基準を満たしやすくなります。ただし、PWAにすれば自動的に上位表示されるわけではなく、コンテンツの質やキーワード戦略など、一般的なSEO施策も重要です。
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PWAは本当にオフラインで使えますか?
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はい、Service Workerという技術を用いることで、完全にオフラインの状態でもPWAの一部機能やキャッシュされたコンテンツを利用できます。ただし、利用できる範囲はPWAの実装に依存します。例えば、一度アクセスしたニュース記事をオフラインで読んだり、ECサイトで過去に閲覧した商品をオフラインで確認したりすることは可能です。リアルタイムなデータ更新や、インターネット接続が必須の機能はオフラインでは利用できません。
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PWAとレスポンシブWebデザインの違いは何ですか?
-
レスポンシブWebデザインは、Webサイトが様々な画面サイズ(PC、タブレット、スマートフォンなど)に最適化して表示されるように設計する手法です。PWAは、レスポンシブWebデザインのWebサイトに加えて、さらにネイティブアプリのような機能(オフライン対応、プッシュ通知、ホーム画面追加など)を追加したものです。レスポンシブWebデザインはPWAの前提となる設計思想ですが、PWAはそれ以上の機能と体験を提供します。
-
PWAはすべてのブラウザで動作しますか?
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PWAの主要な機能(Service Worker, Web App Manifestなど)は、Chrome, Firefox, Edge, Safari(iOS 11.3以降)など、主要なモダンブラウザでサポートされています。ただし、ブラウザやOSによってサポートされている機能やその挙動に差がある場合があります。特にiOSのSafariは、AndroidのChromeに比べて一部機能の対応が遅れる傾向がありましたが、iOS 17.4でWeb Pushに対応するなど、機能差は徐々に縮まっています。
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既存のWebサイトをPWA化できますか?
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はい、ほとんどの既存のWebサイトをPWA化することは可能です。主要なステップとしては、HTTPS化、Service Workerの実装、Web App Manifestファイルの作成、レスポンシブデザインへの対応などが挙げられます。サイトの規模や複雑さにもよりますが、比較的少ない改修でPWAのメリットを享受できる場合があります。
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PWAのホーム画面追加のメリットは何ですか?
-
PWAをホーム画面に追加することで、ユーザーはアプリストアからのダウンロード・インストールなしに、ワンタップでWebサイトにアクセスできるようになります。これにより、Webサイトへのアクセス性が向上し、ユーザーエンゲージメントが高まります。また、多くのPWAはホーム画面に追加されると、ブラウザのURLバーなどが非表示になり、よりアプリに近い没入感のあるユーザー体験を提供できます。

まとめ
本稿では、「PWAは本当に流行らないのか?」という問いに対し、その普及が進まない理由、現在の利用状況、ネイティブアプリとの違い、そして将来性を多角的に解説してきました。
PWAが爆発的なブームにはならなかった背景には、過去のiOSサポートの限定性、ネイティブアプリの強固なエコシステム、そして開発側のPWAに対する理解不足といった複合的な要因がありました。しかし、PWAは決して「流行らない」のではなく、Web技術の進化の一環として着実に普及が進んでおり、特定の業界やニーズにおいてその価値を証明しています。
2025年現在、iOS 17.4でのWeb Push対応など、PWAを取り巻く環境は改善されつつあります。Googleも引き続きPWAの推進とWeb技術の進化をリードしており、将来的にはネイティブアプリとの機能差はさらに縮まるでしょう。
PWAは、ECサイト、ニュースメディア、SaaS、新興市場向けサービスなど、特定の業種やターゲット層において特に有効なソリューションです。導入を検討する際は、手軽なアクセス性、高速性、オフライン対応、プッシュ通知、開発コストの抑制といったPWAの強みが、自社のビジネス課題やユーザーニーズに合致するかどうかを慎重に判断することが重要です。
PWAは、万能薬ではありませんが、適切に活用すればユーザーエンゲージメントの向上、コンバージョン率の改善、運用コストの削減など、多大なメリットをもたらす可能性を秘めています。Webサイトとネイティブアプリの最適なバランスを模索する現代において、PWAは今後もWebの未来を切り拓く重要な選択肢の一つであり続けるでしょう。



